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2015.02.21

「好雪片々不落別処」

2月21日広間  2月21日小間  2月21日小間2

お茶のお稽古。

お軸の禅語は「こうせつへんぺんべっしょにおちず」
ひとつとして同じところに落ちるものはない。

広間の花は万作に本阿弥(椿)
小間の花は緑がく白梅に斑入りの椿
もう一つ小間にさんしゅと侘助(椿)

お点前は盆点。
2015.02.14

河東節

今、実家の片づけをしているのですが、その最中にこんな物が出てきました。

助六   
 山彦秀子

上は『助六所縁江戸櫻』での河東節連中の記念撮影写真。
そして、2枚目は『日本音楽史解説』という小冊子に載っていた、河東節・山彦秀子の肖像写真。

この山彦秀子というのが、私の父方の祖母の継母(祖母の父の後添え)である片山房枝らしいのです。
祖母の旧姓が片山なので、そこから推察しただけなのですが。
よく祖母が「継母が河東節の師匠で、助六やる時には市川宗家が挨拶に来た」という話をしていたらしいのですが、これがその証拠になるのでしょうか。

一体宗家とはどの方を指すのか、私の中ではずっと疑問でした。
年代的には10世團十郎が重なるのですが、この方は元銀行員で、中年になってから歌舞伎役者となった方で、生前は三升と名乗っていた方。宗家として助六を上演した事が果たしてあったのだろうか?と勝手に決め込んでいたのです。
でも、最近歌舞伎座に行って過去の名優の写真を眺めているうちに、やはりこの方なのだろうという確信を得るようになってきました。

201503041835531da.jpg

この面長の感じが上の助六に似ていませんか?
この方は歌舞伎十八番を復活させたりと、それなりに精力的に活動していたそうなので、助六だって上演していても不思議はないと思ったのです。

今となっては真相を聞く人もいないのですが、こちらのブログに房枝さんの事が書かれていたので、参考にさせていただきました。
こちらによると、レコードに音源が残っているらしいので、今度探して聴いてみようかしら。
まあ、親戚といっても房枝さんと私とは直接血は繋がっていないのですけどね。
当時の花柳界の三味線の名手を後添えにした曽祖父が粋だったのだな~と思いをめぐらす次第であります。
2015.02.07

盆点

2月7日広間  2月7日小間

今年初めてのお茶のお稽古。
四ヶ伝の中の盆点を致しました。
口伝の為、記事には書けません。

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lapislazuli

Author:lapislazuli
着物・染織・歌舞伎・音楽・茶道・美味しいもの・・・

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